いまの、この世界が消え去ってしまっても -第5話-



私はいま混乱している。
突如現れた日本政府から派遣されたという三人と
それ以上の突拍子もない話に、
もう何年間も使っていなかった脳細胞が考えるコトを拒絶している。

最近、私が考えるコトと言ったら、孫ののぞみが何をすれば、
あの「愛らしい笑顔を見せてくれるか」だけだった。

「もし、私が 行かない と言ったら?」
恐る恐る聞いてみる
「他の誰か、次の候補者が行くだけです」
彼女は淡々と答えた
拍子抜けだ、じゃあ別の誰かに行ってもらおう・・・
「ただし、機密保持のタメにあなた方はこのまま拘束されます」
屈強そうな男たちが近づいてくる。

どっちにしろ希には、もう会えないというコトなのか
「この先の人生に希がいない未来など考えられない、
生きていける訳なんかない」
脚の力が抜けていく、ようやく私は立ったまま話をしている事に気がついた。

「いえ、あなたはこれまでの人生でも
”希ちゃんがいない”人生を生きてきました」
「そりゃあ、希が生まれる前までは、
そうだったかもしれんが」
まさか、そんな・・・・

「どうして64年も前に戻すんだ、
もっと最近にすれば影響も少なくて済むだろう」
普通に考えたら、出来るだけ未来に影響を与えないためにギリギリの年代を選ぶハズだ
「変わらなかったんです」
彼女の表情が少し曇った。
じーさんでも思い付くような事など、
思い付くに決まっている
少し恥ずかしくなった
きっと、今までにも・・・
「私で何回目になるんだ?」


「15,532回目だと聞いています」
エンドレスじゃないか、私は今までに 15,531回も
同じ時を繰り返していたというのか
彼女は続けて話し始めた
「希ちゃんも私も、
地球上の歴史の”瞬間的な15,531回目”に存在し、
そして忘れさられます」
驚いた表情で、ばーちゃんの方にふり返る
ばーちゃんは無表情でお茶を飲んでいた。
ばーちゃんには若いときでも多分理解できていないかもしれない。

「詳しい話は、施設で説明させていただきます」
彼女の気持ちの切り替えの早さに「AI」なのかもしれないと疑いを持ちはじめた。

「ちょっと待ってくれ!
最後に、もう一度だけ 希 に会わせてくれ」
そうしなければ、私はこの先、一生 後悔し続ける
「わかりました」
彼女は拍子抜けするほど、あっさり了承した
「村井三尉さんい!」
男のうちの一人が、強い口調で彼女に呼びかける
彼女は一瞬だけ男の方に視線を向け、
私の目をじっと見つめてから
この場の空気すら とろけて しまうのではないかと思えるほどの満面の笑顔で
「大丈夫ですよね」と言ってくれた。

さっき「AI」とか思ってごめんなさい、
当たり前だけど、
任務とはいえ感情だってあるし普通の女の子なのに。

私の[携帯端末内蔵メガネ]が再起動を始めた・・・
どうやら、電子機器妨害装置の使用を停止してくれたらしい、すぐに近所に住む息子の透治とうじに電話をかける
「じいちゃん、どうした?」
今どきは、よほどのことが無い限りメールで済ますものだ。
「今から、会いに行ってもいいかな?」
単刀直入に用件だけを伝えた
「えぇっ、今から水族館に行くとこやで・・」
「パパ、誰から? どうしたの?」
嫁のひかりさんの少しイラだった声が聞こえてきた
「パパぁ、早く行こうよぉ」
希のあまえた声も
「来週お誕生日会なんだからさぁ、そん時でいいやん」
ふつうなら、その通りなのだ。


「お願いだから、少しだけでいいから・・・・・たのむ」
それ以上の言葉は出てこなかった。








「希、今から おじいちゃんが来るから、
少しだけ待っててあげようか?」

「はーい」




「ばーちゃん、希のプレゼント出してくれ・・」

目次

私はおじいちゃん -ここから-

希にプレゼントを渡すことができた。
あの、かけがえのない笑顔も見れた。

これで思い残すことは・・・・・・
滅茶苦茶あるが、もうどうしようもないらしい
”希の命を助けるために”というのであれば、私は喜んで命だって捧げよう
だが、私がこれからするコトは、希の未来を奪うのだ。

私、自ら希の未来を奪う
私がしなくても他の誰かが、それを行う。

そうしなければ、10年後には地球上の生物が絶滅する
希も、あと10年は生きられる?
その間に、どんどん生物が死んでいくんだ
それは、もう地獄だろう
そんな恐怖と戦いながら生きてゆくのか

私は、長男(透治の兄)が生まれたとき
( 私の生物としての役割は終わった。)と思い、「いつ死んでもいい」という気持ちにさえなった
私の感覚は少々ズレているのかもしれないが、今もそう考えるなら。

頭の中の整理が追いつかないまま、二度と開けることのない玄関のドアをロックした。

丁度いいタイミングで黒塗りの大きなリムジンが、ほぼ無音で到着する。
近所の人が見たらビックリするんじゃないかと思いながらも、車のナンバープレートは
6桁ナンバーで、自衛隊は今でも人が運転するのだなと運転席の男がハンドルを握っていたのを観察していた
この歳になっても、オタク気質が頭をもたげてくる。

うながされるままにリムジンに乗り込むと、中には迷彩服の男が二人座っていた
もう隠す必要もないらしい、ばあちゃんが小声で耳うちしてくる
「あの人、鉄砲持っとるよ」
鉄砲というか、一昨年おととしに自衛隊で正式採用された
邦和ほうわ工業製[46式5.56mm小銃]だった。

これから数時間ほど車に揺られることになる。

私達の向かいに座った彼女の顔は、また硬い表情に戻っていた
車内は[携帯端末内蔵メガネ]のアクセスが制限されている為、
ばあちゃんはする事がなくなり眠ってしまった。
私は今後会う事もないであろう彼女が、少し気になっていた。

「村井さん・・・だったよね」
興味本位で話しかけてみた
「村井いざなみ三等陸尉、お察しのとおりムライの娘です」
えっ、そうなの? 全然そんなこと思ってなっかたんだけど、
そういう事にしておこうかな。

「だから、その、責任を感じて、
自分が消えてしまうのが分かっていても、
任務を果たそうとしているのかな」
彼女の事が、少し可哀想になってきた
「責任、とは少し違います。
私は物心ついた時から、こうなると教育されてきましたから」
彼女の事が、もっと可哀想になってきた
「あなたのお父さんも、つらかったでしょうね」
「きっとムライは、私に愛情などを感じてはいません」
ちょっとだけ、スレちゃっている感じがした。

「そんな事はないよ、愛情を注ぐ つもりもない子に
”いざなみ”なんて付けないでしょう」

「私は、ムライにとって”4779番目”の子なんです。
それを、16進数に変換して1373(いざなみ)です」
科学者ってのは、相当めんどくさい生き物だ。

「男の子だったら、どうするつもりだったんだ?」

「父は・・・そういうことは気にしません」
少しだけ笑ってくれた。
本当はさっきの笑顔を期待したんだけれども

私も、いつの間にか眠ってしまったらしい・・・

どうやら、私を過去に送り込む施設に到着したようだ
「あたたたた・・・」
座ったままの姿勢で長時間 眠ったせいで腰が固まり、車から降りるのにもひと苦労だ。

私を過去に送り出すタメに、
月がどうとか宇宙がどうとか言われたので、
「光子力研究所」のようなところを想像していたのに、シンプルな白い壁の小振りな建物で、窓が見当たらない以外は普通だった。

ここからは村井さんだけが付き添いになり、
私達は無機質なロビーを抜け、エレベーターに乗り込んだ
地下に向かって動き出したが・・・
長い、とにかく長い、
どうやら地下が建物の本体のようだ。

私とばあちゃんは、もう二度と建物の外には出るコトができないらしい
といっても、私が過去に戻るまでは、今日を入れても6日間だけだ。

ばあちゃんは、巻き添えを食らった形になるのだが
心配はいらない、何せその間は食べ物は用意されているは、
好きなお笑い番組やドラマや映画が見放題なのである
ばあちゃんにとっては天国のようなものだ。

ただ、私にとっては、そこそこの地獄が待っていた。

次回に続く

補足

『16進数に変換して1373(いざなみ)です』

アシ美

16進数って何ですか?

まさ

我々は普段10進数を使っています

アシ美

10で桁が繰り上がる
という事ですね

0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の後に10になります
※人間の指が10本だから、自然にこうなりますよね

まさ

16進数は16で桁が繰り上がります

アシ美

数字が足りませんよ

まさ

アルファベットを使います

0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,A,B,C,D,E,Fの後に10になります

10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,1A,1B,1C,1D,1E,1Fの後に20になります
20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,2A,2B,2C,2D,2E,2Fの後に30になります
そして、
F0,F1,F2,F3,F4,F5,F6,F7,F8,F9,FA,FB,FC,FD,FE,FFの後に100になります

アシ美

やっぱり、よく分かりませんね

まさ

あと、2進数というのもあります

アシ美

もう、いいです

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