いまの、この世界が消え去ってしまっても -第6話-



この施設に連れてこられてから、4日が経とううとしていた。
その間に私がしなければならない事は2つある。

1つは、私が過去に戻った以降の歴史、といっても大きな災害や事故を記憶するコトだ
しかしこれは、自分が心に衝撃を受けた出来事ばかりなので、それほど難しい事でもなかった。
新しい事は覚えられないが、昔のことはよく覚えているからだ。

2つめは、私が”15532回目”だという事と、ムライ粒子に関する数式を約30行、一期一句間違えないように暗記しなければならない。
毎日、写経のように紙に書いて覚えている、だいたい紙に文字を書くことすら久しぶりなのだから、まるで地獄のようだ。
ばあちゃんは毎日、美味しいモノを食べながら好きな動画を見るという天国のような暮らしをしているというのに

施設の教官に話を聞き、私が過去に戻る事によって引き起こされる事象や前回までに15,531回も失敗したことについて分かった事は・・・

一番最初に過去に戻った人物は、村井博士本人で西暦2047年2月7日から、西暦2041年4月2日にである。
この、過去に戻る行為を「トリップ」という
地球生物滅亡を回避できる「西暦2042年4月2日」の1年前に戻る事によって、この事象を回避しようとしたらしいが、失敗に終わった。
次に、トリップをしたのは博士の助手の「新井」という人物で、彼も西暦2041年に戻って失敗に終わる。
トリップをすると、トリップした本人以外の人物は記憶がリセットされてしまうので、自分が未来から来たという証拠を示さなければならない、それが「ムライ粒子に関する数式の約30行」なのだ。

そしてこの新井という人物は、もう一度トリップすれば上手くできると考え、2度目のトリップに挑んだ。
しかし、脳の記憶を二度も粒子に変換したことにより新井助手は廃人のようになってしまった。

次の人物(新井助手)がトリップすると、前にトリップした人物(村井博士)の記憶がリセットされてしまうが、
前の人物(村井博士)がトリップした日時[西暦2047年2月7日]になると、以前の記憶がよみがえり新井助手が廃人になった事が発覚した。

村井博士は15,531回の記憶を保ったまま存在しているというのだが
その方が頭がおかしくなりそうだ。

ひとりの人物が過去に戻ることができるのは、1回のみ
しかも、その1回目でさえ、記憶を正常に保てる確率は3割程度らしい。

「らしい」という曖昧な表現になってしまうのは、全ての事象がリセットされてしまうために、村井博士の記憶だけが全ての記録になり、15,531回という回数は村井博士の記憶を混乱させているからだ。

15,531回と聞くと、莫大な数字に思えるが、実質は5,000回程度しか正常にトリップ出来ていないことになる。
その約5,000回も怪しいモノだ、もしかしたら私を怖がらせないために多く偽っている可能性だってある。

私は今年で77歳になる。
この歳まで人生を楽しんだのだから廃人になっても、どうという事はない。
しかし、12歳の私が突然に廃人となったら、今は亡くなってしまっている当時の両親が悲しむことになるのは心が痛む。

トリップを繰り返しても、地球生物の絶滅の危機が回避されることが無く、過去に遡る年数が増えていく
遡った年数よりも若い人物は消えてしまう。
回数を重ねても成功しないのは、情報の蓄積が正確に伝わらないのも一つの要因らしい。

それにしても、これだけやっても結果が変わらないなんてコトがあるのだろうか?
トリップには、何らかの致命的な要因があるのかもしれない。

明日、私はトリップする
今日は、最後の晩餐になるのだが、ばあちゃんは特に変わった様子もなく美味しそうに出された食事を口にしていた。

「ばあちゃんは、若いころに戻ってみたくはないんか?」
あまりにも幸せそうな顔をしているので、聞いてみたくなった
「はあ?、またこの歳まで生きるんか、めんどくさい、世の中めんどくさい事だらけだなのに」

ばあちゃんにはホントに世話になった、結局、楽させてやれなかった
もしかしたら、この5日間が、ばあちゃんにとって一番幸せだったのかもしれない。
「ばあちゃん・・・・ありがとな・・」

目次

私はおじいちゃん – 出発 –

西暦2048年(令和30年)1月31日(金)
私は今日、西暦1983年に向けて出発する。
朝、[ムライ粒子に関する数式約30行]を覚えているかのテストをされた、毎日々々写経のように起きている時間のほとんどをこれと歴史の暗記に費やしたのだから、何とか間違えずに済んだようだ。

私の記憶は粒子に変換されて、宇宙空間に照射されるという、とんでもないことが行われる。
死ぬのは怖くないが、これはなんか怖い。

私の記憶の粒子が照射された後(のち)、いまのこの世界は消え去り、過去に戻った私が起こした行動の影響を受けた世界が誕生するというのだが、いまだに信じられない。

この施設に来てから、私に教育をしてくれていた若い男性の研究員が、最後にとんでもないようなことを口にした。

64年遡るためには、64光年の距離が必要になる。

つまり、私は64年間、何もない宇宙空間をただよい続けるコトになるのか?
「そんな事をしたら、せっかく覚えた数式だって忘れてしまう、
それどころか正気を保っていられるのか!」
それはひどすぎる、絶対に嫌だ! これまでは従順にしてきたが、流石に研究員に噛みついた。

「大丈夫です、心配いりません。あなたの記憶はムライ粒子により、光の速度ギリギリまで近付きます」
物質は光の速度に近付けば近付くほど、時間の流れがゆっくりになる特殊相対性理論により、地球では64年経っていても加速した自分自身は数分にしかならない
たしか高校生の頃に見たアニメの「トップをねらえ!」でも、そんな話があったような。

「光時計とかいうやつかな?」
双子のパラドクスとか言われていた・・
「時間の流れがゆっくりになるのは事実ですが、”光時計”は、後付けのこじつけですよ。
そもそも光というのは照射元の影響を受けないのですから、光が斜めに・・・・・どうたらこうたら・・」
いかん、これ以上聞いていたら、せっかく覚えた数式がどこかに飛んでいってしましそうだ。

「ちょっと待て、では地球の未来が書き換えられるのは64年後になるのか?」

「いえ、光自体もムライ粒子の影響により加速されますので、書き変わるのは あなたがトリップに入った瞬間です」
厳密に言えば、加速というよりは瞬間的に移動するらしい。

どの道、64年前以降に生まれた全てのモノは消失して、新しいモノに置き換えられる。

「希」孫の顔が脳裏に浮かんだ。
このまま歴史が変わらなければ、地球上の生命は徐々に苦しみながら、死に絶えていく
理屈では分かっているからといって、感情が抑えられるということはない。

「そういう説明とかって、もっとしっかりと時間をかけてしてほしいんですけど」

「そのつもりでしたけど、あなたが数式を覚えるのに時間が掛かりすぎて、時間が無くなってしまいました」


様々な考えや感情が脳の中を駆け巡る中で、出発の時間が近づいてくる。
「トラブルとかあった場合は?」

「今まで1万5千回やって、1度もトラブルは無かったと村井博士に聞いていますが、
もしトラブったら、意識を保ったまま永遠に宇宙をさまよう事になりますね」
マジで、死んだ方がましだ! これより死んだ方がましな例えがあったら教えてほしい。

「やっぱり、やめてもいいですか?」
「ダメですね、そろそろ お時間なので奥さんとお別れしてください」


真っ白い無機質な廊下の真ん中に、ばあちゃんが立っていた。
何十年ぶりかに抱きしめたばあちゃんの体は、随分と小さく感じた
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい、気をつけてね」
まるで、会社に行っていた頃みたいだ・・・

私はいま、体中に無数のコードを繋がれてベッドに横たわっている。
頭にも何やらヘルメットのような物を被せられ、いよいよ、その時が訪れようとしている。
若い研究員が、最後に私の顔を覗き込み、声をかけた
「いいですか、目覚めたら忘れないうちに必ず数式と繰り返された回数をメモしてくださいね」
少しくらい感動的な言葉でも掛けてくれればいいのに・・・

この施設に来てから会った人達が私の周りを取り囲んでいる、これではまるで「お見送り」されているみたいだ。
意識がだんだん薄れていく中で、いざなみ さんの姿が目に入った。
ああ、会いに来てくれたんだ・・・
本当なら、最後の時間は一番大切な人と一緒に居たいハズだろうに、ここに集まっている人達みんなそうなんだよな。

眠りに入っていったと思った瞬間、急激に意識が覚醒した。
身体が何も感じない、目も見えないし音も聞こえない、当然だ、今の私は私の記憶だけの存在なのだから。

私の意識はいま宇宙空間を爆走中らしい。
確か、一瞬で終わるようなことを言っていた気がするが、記憶が・・・
生まれてからの記憶が、忘れ去っていたようなことまでも次々に浮かんでは消えていく
私は母親に抱かれている、こんな記憶など残っていなかったのに

もしかして、走馬燈とかいうのではないか、時間にしたらどのくらいなのだろう?
何せ、膨大な年月の記憶で溢れかえっている
何年にも感じられるのに時間が経過している感覚ない、時間という概念すら、どこかにいってしまったようだ。

何か暖かい光に包まれたような気がした。

これは、宇宙の記憶?
いや、意思のようなモノを感じる

この宇宙という空間に意思があるのか・・・
何かが伝わってくる

地球上の増えすぎた生命の意識が影響を及ぼす?


何に?


宇宙に?


まさか?


これは私の妄想?

目の前が急激に真っ暗になった
体の感覚が重力を感じる・・・・

次回に続く

「トップをねらえ!」とは

「トップをねらえ!」とは、あの庵野 秀明が監督をした。宇宙を舞台に宇宙生物と戦うスポ根みたいなノリのアニメである。私が宇宙の神秘に興味を持ったのは、この作品に出会ったからで、各話の最後の空想宇宙論みたいなおまけが大好きでした。流石、庵野監督な作品ですので、最終話でやらかしてくれます。テレビが壊れたのかと思いました (笑)

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