いまの、この世界が消え去ってしまっても -第8話-



西暦1983年(昭和58年)11月26日(土)

この世界、私にとっての二度目の12歳に「トリップ」したものの、頭が混乱している状態のままで学校に行かねばならず、状況に対応するのが精一杯だった。

お昼ご飯を食べて落ち着いたところで、やっと自分の立場を冷静に考えることができるようになった。
本当は、すぐにしなければならない事が・・・

「ただいまー」
相当な道草をして来たみたいだ、妹の聡子さとこが帰って来た
「お腹へったぁ」
テーブルの上のオムライスを見つけると、器のラップを剥がし始める。

「ちょっと待って」
妹のオムライスを奪い、ラップを元に戻して電子レンジの中に入れた。

チ~ン!
「この方が美味しくなる」
ラップを取って妹の前に出してやった
聡子は一瞬、何だか不思議そうな顔をしたが、美味しそうに温まったオムライスを食べ始めた。

私は、今度の人生で ”できるだけ前の人生と違った行動をしなければならない”というのもあったが、何故 子供の頃、あんなに妹が憎かったのかが思い出せなかった。

ボクは小学六年生 – 私 –

二階の自分の部屋に入り、出来るだけ何も書いていないノートを探した。
こちらの世界に来たら、まず自分が「15,532回目」だという事と、せっかく覚えた「数式」を何かにしるしておかなければならないのである。

しかし、何も書いていないノートなどというモノはなかなか出てこない
「あっ、ジャンプだ」
うわ~、懐かしい「キャッツ・アイ」好きだったなぁ、アニメより原作の方が絶対に面白いよな
「シェイプアップ乱」とか、こんなHな漫画も昭和の頃は平気で少年誌で連載されていたな・・・

しまった! こんな事をしている場合じゃない

何とか、数ページしか書いていないノートを見つけ出し「回数」と「数式」を書き記した
それと、自分が失敗した時のタメに日記を付けるコトにする
そうすれば、次にトリップする人の参考になると考えたからだ。

ただ、夏休みの一行日記すらまともに書いたことがなかったのに、続けるコトができるかは分からない。

さてと、これで準備は整った、ここからは私がどうやって自分の影響力を広げていくかだ
私がただ・・普通に生活していては、私の周りの人間に影響を与えるだけにすぎなくなってしまう
それでは、世界を変えるコトなんかできやしない。

この時代にSNSなんていう便利なモノは存在しない
この時代に最も大きい影響力を持っているのはテレビだ
何せ、この時代の人達はテレビの言う事は神の言葉と同じ位に妄信し、全く出鱈目なことでもテレビが流せば真実だと受け止めて、自分で調べようともしなかった。

最もこの時代に何かを調べようと思ったら、本屋か図書館に行って専門書を探す事から始めなければならず、テレビが言っている事を確かめるのにも、大変な労力が必要な不便な時代だったのだが。

テレビの影響力はインターネットが一般家庭に普及するまで、この先20年以上も続くことになる
これを利用しない手はない。

しかし、行動を起こす前に、もう少しこの体に慣れておく必要がありそうだ
昨日や今日のように、突然、体の動きがコントロールできなくなったり、気を失ってしまうようでは、計画の実行に支障をきたしてしまう。

そもそも、私はいま、どういう状態にあるのか?
『西暦2048年まで生きたおじいちゃん』の記憶だけが『西暦1983年の12歳だった頃』の私の脳の中に記憶として追加されているだけにすぎないのだ。

つまり今の私は、76年間の記憶を持ってはいるのだが、心は12歳の少年という事になるハズ・・だが、感覚的にはおじいちゃんのままである気がする。
事実、妹の聡子にしても、高波瑞穂にしても孫のような感情を抱いた。

そう、感情は確かにそうなのだが、さっきの妹に対しては胃が少しだけ気持ち悪くなったし、保健室で高波瑞穂を見つけたときには心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。

私はおじいちゃんなのか、それとも少年なのか?
「私?」一人称が「私」だ!
少年が私などとは言わない、やはり私はおじいちゃんのままの『私』だ。

今日、保健室で寝ている時に「夢」を見たような気がする、少し頭が混乱していたのか、それとも本当にただ夢を見ただけなのか・・・
そりゃあ、脳味噌だってビックリするだろうよ、
いきなり76年分の記憶が湧いて出てきたんだから

頭をスッキリさせるために瞑想でもしてみるか、
今ここに集中すれば何かが閃くかもしれない・・・


「お兄ちゃん、ジャンプ読んでいい?」
ビクッ!っと体が跳ね上がった。聡子が2階に上がって来ていたのに全く気付いていなかった
聡子は本棚のジャンプを見つけて読み始める。

何だか集中力も切れてしまったし、疲れているような気がするので、一旦考えるのをやめてリラックスするとしよう。

しかし、懐かしい部屋だ。
子供の頃の記憶がよみがえってくる、土壁に窓枠もサッシではなく木枠で、窓を閉めても隙間風が入って来る
部屋の中をウロウロしているのを、聡子が怪訝そうな目で見ているコトに気が付いた。

「あれっ? ファミコンどこだっけ?」
慌てて取りつくろ

「お兄ちゃんが勉強しんもんで、お母さんに隠されたんやんか」
そういえば、そんな事があったような気がする、余計に墓穴を掘ってしまった。

結局、夕方5時30分からのテレビのゴールデンタイムに突入してしまい、夜10時に床に就く
ベッドなんてお洒落なものなどはない、母親が毎日布団を敷いてくれていた
2階の子供部屋で妹と同じ部屋で寝る

これでようやく落ち着いて考えることが出来そうだ
オレンジ色の豆球は少し明るすぎる気もしたが、横向きになると、それほど気にもならなくなった。

12歳の私の脳と体は今、76歳の私が動かしている
まだ、自然に動いているというよりも動かしているという感覚の方が強い、自分の感覚と体の動きに若干のズレというか違和感のようなモノを感じているが、徐々に馴染んできているような気もする。

それより問題は、意識を失いかけてしまう事にある
この2日間で2回も体の制御が効かなくなってしまった。
何がキッカケなのか?

思い出せ・・・

一度目に気を失ったのは、クラスの集合写真を見た直後
二度目は、授業が道徳だと分かって思わず叫んだ直後

あまり関連性は無さそうだな、心が少し動揺していたくらいか

動揺?

何に?

クラス写真を見たときに目についたのは
やはり彼女だったのだが、それほどまでに彼女のことが好きだったのかは、どうだろう?

高波瑞穂とは中学に上がってからは、クラスが一緒にならなかったので、顔を合わすことが無かった気がする

いや一度だけ、たしか中学二年生の時に廊下でばったり会って話しかけられたのだが
思春期の『恥ずかしさ』みたいなのが顔を出して、そっけない態度をとってしまった。

そんな事をこの歳まで覚えているモノなのだろうか
きっと、彼女が好きというより、自分がとった態度に対して後悔しているのかもしれない

少しだけ心臓を押さえつけられたような感覚になる

意識が、ぼーっとしてきた
今日は疲れた、このまま寝てしまおう・・・

ボクは小学六年生 – 私とボク –

ここは学校の教室だな、その割に静かだ、夕日が差し込んでいる
教室の真ん中に少女が一人立っている
少女は多分、高波瑞穂だ

私は少女の方に近付いて行く・・・

?! 何これ? 待て待て待てーい!

「ちょっと!何で邪魔するの」
高波瑞穂の姿が消えさり、目の前に12歳の私が現れた

「イヤイヤイヤ、お前が何やってるの?」

「ボクは何もしていない、ただ考えているだけだよ、ボクは寝てる時が一番大好きなんだから
邪魔しないでよ、寝てる時だけが自由になれるのに」
そうだった、そうだったな、知ってるよ。何者にもなれるし、好きなことができる。邪魔する奴も現れない。だから朝が怖かった。目を開けるのが怖かった。

でも、よく考えてみたらいい、起きている時だって楽しい事があるだろう。
友達と遊んでいる時や、アニメを見ている時、ゲームをしている時は楽しいじゃないか。

それ以外の時間は地獄だ。お母さんが嫌いだ。聡子も嫌いだ。先生も嫌いだ。クラスのうっとおしい奴らも
「ボクはボクも嫌いだ! ボクなんか誰からも好かれないし、何にもなれない。」

お母さんが、そう言ったね。あの人には自分の ”理想の子供像”があったんだ。そうなってほしかっただけだ。

「そんな勝手なこと知るかよ! ボクにはボクの性格があるんだ」
その通りだし、そのままでいい。人を怖がるな。今はちょっとひねくれちゃっているけど、実際は素直ないい子だよ。

お前は人の心が読めるよね。お前に好意を持っているように見える人を、ワザと避けなくてもいいんだ。それを素直に受け止めたらいい。そうすれば、もっと人生が楽しくなるから・・・


「直感を信じろ!」

日曜日の朝なのに、こんなにも早く目が覚めた。

次回に続く

おまけ

夕方5時30分からのテレビのゴールデンタイム

この番組編成は、1983年当時、土曜日「私」の地方のモノで、私が見ていた番組です
※もしかしたら、記憶違いがあるかもしれません

  • 5:30 聖戦士ダンバイン
  • 6:00 装甲騎兵ボトムズ/科学戦隊ダイナマン/お笑いマンガ道場
  • 6:30 未来警察ウラシマン
  • 7:00 まんが日本昔ばなし
  • 7:30 クイズダービー
  • 8:00 8時だよ!全員集合

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